2012年度夏の鉄研長期旅行記 6・7日目 ~金沢→富山→東京+α~
2012年11月08日
金沢の名勝兼六園です。駅前のホテルからは、2,5キロ以上離れていますが、もちろん徒歩で。朝の5時にロビーに集合し、有志の数人で向かいます。兼六園には5時40分ごろ到着。のんびりと景色を眺めていると、6時を知らせる鐘が。2キロ以上離れた野町駅を出る乗車予定列車の出発は6時25分。地図はなく道順不明…。走って兼六園を後にします。

兼六園

109もある、金沢の中心地香林坊(左)と、北陸鉄道野町駅。
途中街中で通行人に道を尋ねてみると…
私「野町駅はどう行けばいいですか?」
通行人A「のまちえき…?知らない。そんなえきあったっけ?」
通行人B「ほら、~の家の近くだよ。バスターミナルがあるやつ。」
A「あれって駅なんだ。知らなかった!」
…すでに忘れ去られている北鉄電車。
走って野町駅に着いたのは6時20分。何とか間に合いました。バスターミナル併設された野町駅。かつては市内電車(路面電車)に接続していましたが、現在市内へのアクセスはバスになっています。
野町からは終点の鶴来駅へ。ここは3年前までは加賀一の宮駅へ続く途中駅でしたが、2009年の部分廃線以降終点になりました。ちなみに石川線の車両は東急電車のお古、この後の浅野川線の電車は京王井の頭線のお古です。

鶴来駅に並ぶ石川線電車(左)と、鶴来駅。
鶴来駅からは新西金沢駅でJRに乗り換え、金沢へ。ホテルで朝食をとった後、荷物を回収し走って北鉄金沢駅へ向かい、浅野川線の終点内灘駅へ向かいます。


左から新幹線の高架のすぐわきにある西金沢駅、鶴来駅、鶴来駅の構内。
金沢へ帰り、今度は七尾線に乗車です。終点七尾でのと鉄道に乗り換え、能登半島の鉄道終点、穴水駅に向かいます。穴水から奥にも、かつてはのと鉄道の路線が通っていました。





左から七尾線のUFO電車、羽咋駅、廃線前の名残が残る穴水駅看板、穴水駅舎、クラブツーリズムが1両貸し切ったのと鉄道車両。
穴水では10分間のみで折り返し、七尾線へ乗り継ぎ。津幡駅で富山行き普通電車まで時間があったので、森本駅で撮影をします。



左から羽咋駅で交換待ち中の普通電車「わくたま号」ラッピング車、3両編成の特急はくたかプラレール、新幹線高架下の森本駅舎、森本駅通過中の特急サンダーバードプラレール。
森本からは普通電車で富山へ。富山からは高山本線でいよいよ北陸地方を離れます。


左から富山駅に入線する北越、475系急行型塗装、高山本線のキハ120形
猪谷駅で、始発の美濃太田行き普通列車に乗り換え、3時間56分かけて美濃太田を目指します。2両編成の普通列車はガラガラで、しかもほとんどの乗客が同業者らしいいでたち…。




左から猪谷駅舎、かつての栄光を残す広い構内を持つ猪谷駅、高山駅舎、同駅構内に並ぶワイドビューひだ。
高山では28分停車の間に夕食を購入します。美濃太田、岐阜で乗り換え、集合地の大垣駅へ。大垣からは快速ムーンライトながら号で東京駅へ帰ります。

大垣駅で列車撮影中の部員(左)と、豊橋駅停車中のムーンライトながら
東京駅には朝5時5分に解散。これで7日にわたる鉄道研究部長期旅行が終了しました。
ふぅ。やっと終わりました。試験を挟んだため旅行終了から2カ月以上がたってしまいましたが、これで旅行記終了です。
+α…
が、この後一部部員は部活ではなく引退が近い久留里線撮影へ。私も付いて行きました。
東京到着直後、総武快速電車で木更津へ。久留里線に乗り換え、撮影地の俵田駅へ。





左から、横田駅で交換中の列車、珍しい外吊り扉、撮影地の写真。
この後、総武快速線で東京へ、列車を乗り継ぎ、無事自宅に到着しました。




途中街中で通行人に道を尋ねてみると…
私「野町駅はどう行けばいいですか?」
通行人A「のまちえき…?知らない。そんなえきあったっけ?」
通行人B「ほら、~の家の近くだよ。バスターミナルがあるやつ。」
A「あれって駅なんだ。知らなかった!」
…すでに忘れ去られている北鉄電車。
走って野町駅に着いたのは6時20分。何とか間に合いました。バスターミナル併設された野町駅。かつては市内電車(路面電車)に接続していましたが、現在市内へのアクセスはバスになっています。
野町からは終点の鶴来駅へ。ここは3年前までは加賀一の宮駅へ続く途中駅でしたが、2009年の部分廃線以降終点になりました。ちなみに石川線の車両は東急電車のお古、この後の浅野川線の電車は京王井の頭線のお古です。


鶴来駅からは新西金沢駅でJRに乗り換え、金沢へ。ホテルで朝食をとった後、荷物を回収し走って北鉄金沢駅へ向かい、浅野川線の終点内灘駅へ向かいます。



金沢へ帰り、今度は七尾線に乗車です。終点七尾でのと鉄道に乗り換え、能登半島の鉄道終点、穴水駅に向かいます。穴水から奥にも、かつてはのと鉄道の路線が通っていました。





左から七尾線のUFO電車、羽咋駅、廃線前の名残が残る穴水駅看板、穴水駅舎、クラブツーリズムが1両貸し切ったのと鉄道車両。
穴水では10分間のみで折り返し、七尾線へ乗り継ぎ。津幡駅で富山行き普通電車まで時間があったので、森本駅で撮影をします。




森本からは普通電車で富山へ。富山からは高山本線でいよいよ北陸地方を離れます。



猪谷駅で、始発の美濃太田行き普通列車に乗り換え、3時間56分かけて美濃太田を目指します。2両編成の普通列車はガラガラで、しかもほとんどの乗客が同業者らしいいでたち…。




左から猪谷駅舎、かつての栄光を残す広い構内を持つ猪谷駅、高山駅舎、同駅構内に並ぶワイドビューひだ。
高山では28分停車の間に夕食を購入します。美濃太田、岐阜で乗り換え、集合地の大垣駅へ。大垣からは快速ムーンライトながら号で東京駅へ帰ります。


東京駅には朝5時5分に解散。これで7日にわたる鉄道研究部長期旅行が終了しました。
ふぅ。やっと終わりました。試験を挟んだため旅行終了から2カ月以上がたってしまいましたが、これで旅行記終了です。
+α…
が、この後一部部員は部活ではなく引退が近い久留里線撮影へ。私も付いて行きました。
東京到着直後、総武快速電車で木更津へ。久留里線に乗り換え、撮影地の俵田駅へ。





左から、横田駅で交換中の列車、珍しい外吊り扉、撮影地の写真。
この後、総武快速線で東京へ、列車を乗り継ぎ、無事自宅に到着しました。